会社の入り口にはクリスマスツリーが置いてあり、これがまたピンク
使用で可愛い!はやくもセンスの良さが匂ってくる。ドアを開けると、
ドラマみたいな、いえいえそこらのドラマよりもおしゃれなオフィス。
ここはN.Yか?と突っ込みたくなるようなスタイリッシュさ。でも嫌味
がなくて、黄色や紫の壁があったりと、遊び心がある。
会議室で社長を待つと、Tシャツにカジュアルなパンツ、スニーカー姿
で野田社長が登場。相当やり手で、相当金持ちなのだろうけれど、意表
を突いたその気さくさ。近所の兄さんのごとくトモコ二人をあしらって
いく。後に野田社長が、「その人にサービスを受けたいかは会った瞬間
にわかる」という発言があるがその言葉を社長自身から納得。
「野田社長のサービス受けたいです!」
多忙の社長は今日も会議&来客がびっしりで喋り通しだったという
のに、インタビューでもおおいに語って(笑わせて)くれたのだった。
野田「何でも聞いちゃって」
吉岡「今の仕事を始めたきっかけを教えて下さい」
野田「大学を卒業してイベントの会社に就職したのね。でもホテルの
経営は二十歳くらいからずっとやりたかった。そのイベントの
仕事で結婚式に参加した時にあまりにもつまらなくて、俺が
やった方がずっと面白いと思った。ホテルマンもださかったし。」
大石「お父様の影響もあったんですか?」
野田「親父の影響は受けたね。親父は経営学者だった。立教大学の
観光学部を創設したり多摩大を作った人。日本の名だたる企業
の顧問をやったり、ニュービジネス協議会の初代理事長もやっ
たりね。親父が多摩大を作った時に、その挨拶を聞きに行った
ら、その会には学生の俺でも知っているようなそうそうたる
メンバーがいて、親父に「先生どうもー」って挨拶してんの。
その時に大物なんだなって改めて実感した。俺は親父みたいな
経営学者にはなれないけれど、自分も経営者の一員になりたい
って思ったね」
吉岡「レストランの方はいつから始めたんですか?」
野田「創業して6年目に銀行がお金を貸してくれて麻布に「 THE
TOKYO RESTAULANT 」を開いた。物件は、元銀行という雰囲気
のある建物で。今でもそうだけれど六本木ヒルズ、汐留とか
全然燃えてこない。今度も十坪の小さいパン屋を始めるんだ
けど、小さくてもPlan・Do・Seeワールドがその店に作れれば
いいと思っている。それにビルん中に店作ると、自分のとこ
だけ売り上げ低かったら恥ずかしいもん(笑)」
吉岡「社長の多忙なタイムテーブルを教えて下さい」
野田「朝は八時半、遅くても九時四十分。帰宅は一時。だから子供と
接触する時間はないから寝顔にキスだね。寝ている時に、こん
にゃろーっていじくったりして、向こうは迷惑がってる。
毎日一緒に朝ごはんは食べるね」